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SomAditya

2017.07.17 Monday
【本をどれだけ読めば…】


日本でアーユルヴェーダなどを勉強されている方々に多く会い、インドで実践されている事と、日本に伝えられている事の違い…などに「どこでどう学べば良いのか?」と悩まれる方に今回も多く出会いました。

 

そして皆さん結局「どんな本を読めば勉強できるでしょうか?」…ですとか、

「おすすめの本を教えてください」…と聞かれます。

 

正直、私はあまり(に^^)「本」を読みません。

 

なので、おすすめと言われても殆ど知らないのですが、では、日本で売られている、手に入る「本」にどんな事が書かれているのか?をちょっと時間がある間リサーチしてみました。

 

が、一番残念だったのはアーユルヴェーダの「体質」について、今だに私が「これはやめたほうがいい。。。」と言っている「体質チェック表」がメインであったり…汗

 

あれは多いに誤解を生みますからそれだけで自己診断、判断は出来ないですし、インドのクリニックなどでもそれを使う時点で本当のアーユルヴェーダとはちょっと違うと思ったほうがいいです。。。

と、「本物」と「偽者」を見分ける為の目安にしています。

 

しかしいまだに、、、日本で手に入る本にはそういうやり方で「アーユルヴェーダ」だと紹介されている…

そして多くの人はそれを「アーユルヴェーダ」だと思っている。

 

そしてそういう情報が売られている…

という現状なのに驚きました。

 

ヨーガでも同じですが、特にアーユルヴェーダの情報は正直、誤解を生むような事が書かれている事がとても多いなと思いました。

 

専門書というカテゴリに入るのに、あまりにリサーチと実践がすくない著者の人が簡単に出版している…という事が問題化と思います。

 

有名な日本人の「医師」が書かれたという本でも同じように見受けました。


尚更、読者への影響力は高いでしょうから、その人のその時だけのインドでの経験なのでしょうか?


「断定」をしてもらっては困る…という様な内容が見受けられました。

 

アーユルヴェーダには特に、気をつけないと「断定」など出来ません。

それは聖典ですら行っていない事です。

 

聖典を本気で読めば頭がおかしくなります。

 

それは、「決定的な定義」がないからです。

 

なぜなら私達は「自然」であり、「個性」であり、
誰一人として同じ人はいないからです。

 

病気にも個性がある。

 

という理論が理解できないと、
本当のアーユルヴェーダや
本当のヨーガを使いこなす事は難しいでしょう。

 

症状一つにも違う原因がある事へのリサーチ。

 

それが結局このヴェーダを元にした、ヨーグ、アーユルヴェード、ジョーティーシュ、という3つの項目から出来る療法の必要不可欠な最初の仕事なのです。

 

ですが、そんな気の遠くなる様なリサーチ、インド人だって最近はしません。

 

それでも「残っているもの」でもあり
「残していきたいもの」
ですから、

一年や二年、インドで経験したって分からない事。

 

断定して本に著せる事自体私には驚きです。

 

しかし、世の中は殆どが「勘違い」で成り立っています。

 

しかし、勘違いでうまくいく事もあれば、とても悪い結果を呼ぶ事もあるのです。

 

具体的に誰かの健康を害する事もあれば、
具体的に文化的な事を間違えて世の中に断定して伝えている事自体も良くない事です。

 

「本」は全て「信じていいものですか?」

 

私は自分の目で見て、手で触れて、感じてきたものの一つ一つを積み重ねる事が本当の学びだと思っています。

 

それはどんなに「焦って」も出来ない事です。

 

図鑑でさえ疑ってかかるくらいです。

 

自分で食べてみるまでは、使ってみるまではハーブの情報一つも他言など出来ません。

 

聖典であったとしても同じです。

 

「私」は聖典にも、専門書にも載っていない。

 

たった一つの魂ですから。

 

それが学べるのは、他人が書いた本を購入した時でなく。

 

私という魂が自分の人生のページに沢山の経験を記し、色をつけ、匂いまでもつけていくうちに「学び」になっているものです。

 

ギャーンヨーグ(ギャーナヨーガ)

という本当の意味を、知れば分かるでしょう。

 

さてそして、「本」から学ぼうとしている皆さん。

 

どうか他人の書いた本でなく、自分のページを埋めていって綴ってください。

 

「経験」に勝る情報はありません。

 

b
 

| サットサング コラム | 10:24 | - | - | author - Mukta |
2017.07.17 Monday
【ヨーグ = セラピー】


日本で数年前からヨーガセラピーについて聞くこと、聞かれる事があります。


ヨーガによる療法…という事ですが、私がその前に思った事といえばそもそも「ヨーガは療法でなければ何なのか?」という所です。

 

インドのヨーグからの見方としてはあえて「ヨーガを療法」にする必要はなく、元々「療法」の為にヨーグがあるという風にも言えるものなのです。

 

同じように「家庭でも出来るヨガ!!」という見出しの雑誌を日本で目にしたこともありますが、その時も「家庭で出来ないヨガって?」と不思議に思ったのでした。

 

そして日本でヨーガセラピーを学んでいる人の話しをきくと益々不思議に思う事が多いのが、「アーユルヴェーダ」の理論として有名なエネルギー論自体とは全く繋がっていない状態でヨガのアサナやプラナーヤマを療法にしている…という所です。

 

よく、ヨガの先生という人の口から「アーユルヴェーダは難しいのでちょっと…(汗」という声を聞きます。

「オイルを垂らす」イメージで考えているのであればそうですよね。

オイル垂らしながらアサナなど取る事は私にも考え辛いです。

 

インドからするとあえて「アーユルヴェーダ」とは言わないかもしれないほど、インドの古典ヨーガには「アーユルヴェーダの理論」で欠かせないエネルギー論が深くハタヨーガには関わっています。

 

当たり前すぎて伝わっていないのかもしれません。

 

しかし、日本や世界では「ヨガ」をしているけれどそのエネルギー論の関連性を知らない人が多いのに驚きます。

 

そして療法…といいますが、元々ハタヨーガなんて特にそのままの目的がエネルギーの「バランス」を図る療法でもありますから、あえて「療法」になる「ヨガ」が別で、新しくある!!という訳ではない…というのが本当の所。

 

ですから「そんなヨガもあるんだ!」という捉え方ではなく、元々「療法」であるという意識でハタヨーグを学ぶ事がインドでは基本かと思います。

 

しかし、単純に「このポーズやプラナーヤマはこの病気にいい!!」というのが「療法」ではないのも事実。


そもそも「病気」というもの、「症状」というものにも「個性」があって、別々の原因から起こるのが普通なのです。

 

アーユルヴェーダやヨーガの考え方はその原因の分析とそれに対処する「根本療法」ですから、「頭痛にこれ」「腹痛にこれ」「便秘にこれ!」という薬草の選び方、アサナの選び方…という観念ではないのです。

 

それぞれの症状にも必ずそれぞれの原因があり、それに対するエネルギーのバランスをして行く様にと「選ぶ」コーディネート術が必要となります。

 

そこに最低限必要となってくるエネルギー論が 
ハとタ

ヴァータ・ピッタ・カパ
に別れ
空・風・火・水・土
に更に詳細が別れ
それぞれのチャクラ
のエネルギーのバランスが
単純に開放されればいいというのではなく
(よく全回転させるとか極端な事を言われますよね^^)


活性化させたらいいのか?
それとも
抑えたらいいのか?


という所でも
どの位置をどうするべきか?を考えた上での


「アサナ」や「プラナーヤマ」


になる事を考える…

 

ですから、ハタヨーグには
「決まった順番や流れ…」など邪道なのです。

 

その時々の時間や季節や体調、不調、アンバランスなどのエネルギーに対してその都度何をどのくらいしたらいいのか?というコーディネートですから、


例えスーリヤナマスカール一つにしても
時間や季節や体調、体質で12に限らす、
リラックスできるポーズを入れて20になる人もいれば
アドヴァンスを入れて15になる人もいて、


10分かけて沢山の呼吸とともにゆっくりする人もいれば
2分ほどで勢い良くする必要のある人もいるのです。

 

インドでは実際そうです。


きちんとそういう事を把握した先生は決して、複数人の生徒がいるクラスで皆が同じように、同じだけのポーズを取れるようにという指示はしません。

 

同じクラス内で別々のタイミング、そして別のポーズを取る事も普通にあります。

 

それが自然なハタヨーグです。

 

「このポーズが出来なければいけない」
とか
「このポーズが出来るようになりたい」


と思っているうちは本当のヨーグを理解はできないでしょう。

 

必要性

 

という事を考えていく結果
自分に足りないエネルギーを補い
自分に過剰になったエネルギーを静める

という差し引きの「療法」であるヨーグがあるのです。

 

それが「元」であり「ルーツ」ですから
そのエネルギー論を分析する術がなければ本当の意味のハタヨーグの「療法」にはなりません。

 

そして日本ではよく全ての病気の原因が心から来るものであるから…


という理論にこじつけて、どんな病気に対しても精神疾患などの対処をするものもあると聞きました。

 

しかし、この理論を理解すればその「精神疾患」にも必ず「個性」があるのです。

 

「この病気にこのポーズ」


という考え方では本当の解決にはならないのが本当です。

 

それにもっと具体的な「身体」の症状に対してもハタヨーグは多くの事を分析の上で指導できますから、全て「精神疾患」に戻されすぎてはもったいないものです。

 

逆に「身体」に特化した事を筋肉や骨の構造で「鍛える」様な目的のヨーガでも、
その「精神」に特化した事を全ての病気の元とまとめる療法のヨーガでも、

そればかりに特化しないで「繋げる」事が本当のヨーグなのを忘れてはいけません。


身体と精神の繋がり。


その理論を無視してどちらかだけで対処するのでもなく。


その分析と対処に個性を重視してコーディネート出来るものが
「ヨーグ」の真髄だという事なのです。

 

日本にはこの「ルーツ」が足りないんだと思います。


それを知らずに量産される「ヨガインストラクター」を見る度に
「被害者だな」と思うのは、実際にそういう理論や繋がりを学ばずに「ヨガ」を教えていく行く末にインストラクター自身の心身の不調がおきたり、そのせいで「ヨガ」が嫌いになる人もいたり…必要なく「ポーズ」ができるように頑張らせた結果のヨガ事故…が年々増えているからです。

 

その前にハタヨーグだけではヨーグを知りえない事も知ってもらいたいですが…。


ヨーグとは?


という事の前にも「私」とは?


という事にも興味をもってもらえたら、もっともっと、ヨーグを「役立てる」事が本当に人生で出来るのになと思うのです…。

t
 

| SomAdi YOG | 10:17 | - | - | author - Mukta |
2017.07.17 Monday
【求められていないヨーグ】

 

長年の「ヨガブーム」で色んなヨガが世の中に生まれてきているのに、何故か広がらないインドの「ヨーグ」というルーツの知識。

 

私は何事もルーツが大事だと思うんですね。


新しいものが嫌いなのではなく、ルーツ、基盤さえしっかりしているからこそ本当はアドヴァンス的な事が出来るというのが事実で、基盤がない状態でアドヴァンスをしていると必ず崩れるという自然理論はどの世界にも共通している事だと感じています。

 

意外と知られていない「インドのヨーグ」…


でも実は「求められてもいない」と思う事もあるのが事実なのです。

 

それは


「ヨガ」をする時の意識が基本は「受身」な事にあるかと思います。

 

本来のヨーグは「自分を自分で正し、必要な事を選択して必要なだけ行い、不必要な事を控え、コントロールしていく事」というポーズだけではない「生活」や「生き方」のヒントのようなものが一番の基盤にあって、その上でポーズ一つを行うとしても同じ真意の中、必要性を自分でコントロールしていく為に「知る」必要があるのが「ヨーグを学ぶ」という事なので、アーユルヴェーダと同じ理論のエネルギー学…というだけではなく、「自分で見ていこう」「自分でやっていこう」「自分で変えていこう」という「意識」自体がとても大事になるのだと思います。

 

それが、「生活を変える」訳ではない。


「自分を変えよう」と自分でする訳ではない。

 

基本受身であり、
「やってもらう」
「気持ちがよかった」
「すっきりした」


…が目的である人が「ヨガ」と言って週に一回受ける…という事が繰り返される限り、本来の「ヨーグ」の教えは入る隙間もありません。

 

しかし、受身でたまに行う「運動」が「ヨガ」だと思っている限りではよくて日常の良くない行いからくるストレスなどを「プラマイゼロ」にする事くらいしか出来ないでしょう。

 

だから基本的に変われない人がいるのかと思います。

 

ヨーグを知り、取り組む事はもっと日常の事であって、自分で行う事。

 

その効果は「身体」なんていうレベルではなく「人生」に大きく変化をもたらすものである事をまだ知られていない様です。

 

美ボディとか、アンチエイジングとか、骨盤矯正とか言っている間は本来のヨーグから意識が遠いとしか言い様がありません。

 

「私」が「身体」である事や、世の中が「物質」である事という意識を変えなければ、真の「幸せ」はやってこないのです。

 

本来のヨーグを知るならば「ポーズ」が「出来た」とか「出来ない」とか、「出来るように練習する」とか、「出来るようになりたい」とかという事はまず出てこないはずなのです。

 

物質的なものへの執着をもっていれば、それがいつかは老い、壊れ、消耗し、死滅する事への恐怖と戦って生きていくしかありません。

 

本来のヨーグの基本的な考え方は逆で、受け入れ、手放し…の繰り返しが物質だけでなく、日常にこの生が終わるまで続いている事に過ごすだけなのです。

 

到達する事や維持する事への執着から開放されるべきなのがヨーグの教え。

 

しかし若さやスタイルを保つことや、凄いポーズが出来るようになる事を目指す事にと囚われている人こそが「ヨガ」をしている傾向があるのが「本来の目的」や「本当の意味」と違う事を残念な事に、表してしまっているのですね。

 

基本自分を良くしたいのは皆同じ。

 

しかし他力本願であり、お客様であり、プラマイゼロである事や、物質的な見た目が世の中の基準から外れていない事が「美」だと思っている事自体が「ヨーグ」から大きく外れているのです。

 

本当の「美」
魂の「美」

 

それをもっと求められる人生の為に…

 

本来のヨーグをもっと日本の人達にも知って貰いたいと思います。

 

きっとこんな事ばかり言っていると、日本の「ヨガ」業界からは煙たいだろうなとは思いますが、私は「私」の為に言っているのではないので、遠慮なくこれからも発信させてもらいます。

 

本当に必要な人の為に。

 


s

| SomAdi YOG | 10:12 | - | - | author - Mukta |
2017.07.17 Monday
【悠久の時間の学び…】


「200時間でヨガ講師になれる資格!」みたいのがあると聞く。


…200時間?


一瞬騙されそうだけど良く考えたらそんな短時間の勉強で「講師」になれるものだろうか?

 

と…思う

 

それが通常の感覚だと思う。

 

インドではヨガで無くてヨーグと言う。

 

そしてそれは「ポーズ」が主ではないが、インドの人達の生活、考え方、人生にガッツリ活用されている。

 

信仰でもなく、ポーズのフローでもなく、
心の拠り所にヨーグの「教え」がある。

 

子供の頃からそのヨーグの道徳的感覚の中、会話やモラルのような基盤の中にあればそれを200時間にする必要はない。

 

ポーズが主なハタヨーグを学ぶにしても、基盤やヨーグと言う根本的な意識がないと本当に落とし込む事は難しい。

 

アーユルヴェーダとはわざわざ言わないけど、その中で重要な理論の最低限「五大元素」や「トリドーシャ」、「トリグナ」と「ハタ」が繋がってないと「アサナやプラナーヤマ」を具体的にいつ、どんな時に、どう言う症状の人に、どの位必要なのか?

…を選ぶ事が出来ないから「順番」が決まった「ヨガ」になってしまう。

 

個人的な薬が処方できない市販の薬…は、必要の無い人が必要以上に飲むと逆に身体を壊す事を知らずに摂取されている…のと同じ。

 

個人的なコンサルティングが無く「ハタ」をする事は結局健康に問題が無い人がたまに出来る「デモ」でしかない。


個人的なコンサルティングとコーディネート、そして生活や精神的なアドバイスが無くて「ヨーグ」を教える「講師」とは言えない。

 

そして、身体の解剖学だけでなく、病気や症状に対する科学、理論、アーユルヴェーダ的な原因の分析などが出来るのも大前提である。

 

…その学びには「終わり」はない。

 

ましてや200時間に詰め込む事も出来ないし、触れられてもいない事もある…。

 

でもどうしてこの数年にそんな「講師を養成する…」が増えているのか?

 

と言う事情の「裏」には、結局資格ビジネスが手っ取り早い…と言うのがあるのだと、一目瞭然である。

 

普通に身体の不調があるからヨガを習おうかなー?と思って通い始めたのに、ヨガスタジオから「インストラクターになれる資格を取得したら?」と勧誘されて、気がついたら高額の契約をさせられていた…

 

と言いつつ、資格を取ったはいいけど、後から「ヨーグ」について知り、「え?チャクラって何?」とか、「病気の相談されるけど、ヨガでどう対処したらいいの?」…と

 

知らない事だらけなのに悩む人…

 

今まで日本に私が来ている中で沢山出会いました。

 

200時間のを受けたのですが…

 

…例えそれが500時間になろうと同じだと思う。

 

何時間習えばそれになれる。

と言う考え自体を捨てない限り。

 

そして、まず自分と言う魂が悠久の時間の中をただ「学び続ける為」
だけにある事を知らなければ「ヨーグ」を知り得ない。

 

時間に限りをつけて「習得」しようとしない事自体が「ヨーグ」の道。

 

だから幸せを知る科学とも言われている。

 

何故なら私達は「無限大」の魂の巡りの中に「無限大」の可能性を持って生かされているのだから。

 

限り

 

を自分でつけてしまう事は勿体無い。

 

結局、中途半端になる。

単なる勘違いになる。

 

…と知る人は、サマディーや解脱への執着から開放された、無限大の人。

「ムクタ(開放された)」になると言う事だ。

 

私のインド名は本当にそうなりたいね…と言う憧れの名前。


悠久の時と無限大の学びが得られる楽しい人生。

 

自分で時間の限りをつけて、肩書をつけているのは「堅苦しい」事だと言う事にまず気がついたら…

200時間で何かになる…

 

なんてのはめちゃくちゃ自分を堅苦しくしている事…


と言うのに気がついて欲しいですね。

 

c
 

| サットサング コラム | 10:01 | - | - | author - Mukta |
2017.04.26 Wednesday
モリンガ☆インド原産のミラクルツリー

Moringa

 

北インド原産で今日では世界的にも「ミラクルツリー」の名前で有名になった「モリンガ」のすすめをご案内します。

moringa
 

ヒンディー語では「セズン」とも言われており、地方によって呼び名は様々ですが、インドではこの「モリンガ(セズン)」は野菜としての認識の方が高いです。

それにしてもインドの人たちに言わせても栄養の豊富なすばらしい健康食だという意識は強い野菜。

地球上で一番栄養の高い植物としても知られています。

更にインドの気候の様な極端に熱くなったり、乾燥するような環境にも強く、本当のところ「雑草」程度に生えている様なものでもあるのです。成長も早いですから雑草だと思っていたら気がついたら数メートルもの「木」に生長していた!

という驚きの木です。

野菜としてインドの人が食べている部分はその木に成る「実」のようにぶら下がった長いさやの様なもの。

これを英語ではドラムスティックと呼ばれています。

drumstick
 

このモリンガは野菜のその部分だけでなく、木の葉、枝、幹、実、根と、全ての部分が食用、薬用として使用できる事でも知られており、私たちが「SomAdi Veda」で販売している「モリンガパウダー」はこの木の葉の部分を乾燥させてパウダー状にしたものです。

更にこのモリンガは栄養だけでなく地球環境にもいいという事で注目を集めています。

土壌の改善、空気の改善の為にも植林を進めている国は現在多いようです。

 

そんな万能モリンガの効果効能などをまとめてみます。

【デトックス効果】

モリンガは食物繊維が豊富で便秘の解消から老廃物の排出によりデトックス効果やその結果美肌効果も高いとして有名です。

 

【生活習慣病の予防や改善】

肥満、糖尿病や高血圧、ストレスなどの解消や予防に良いとして有名です。

血糖値降下、体脂肪の燃焼促進、血中、中性脂肪の吸収を抑える。

血圧降下、ギャバアミノ酸によるストレス低減、精神の安定をもたたす。

豊富なビタミンやミネラルにより免疫力がアップする事と抗酸化作用により癌予防としても有名。

 

▲モリンガの栄養素

ミネラル(カルシウム、カリウム、マグネシウム、亜鉛、リン、マンガン)

ビタミン(A・B2・E・K)

アミノ酸

ポリフェノール

ギャバ

ファイバー

葉酸

 

※ちなみに…

鉄分はプルーンの82倍

ポリフェノールは赤ワインの8倍

葉酸はほうれん草の4.6倍

食物繊維はレタスの28倍

 

です。

 

私たちがアーユルヴェーダチャリティブル販売でご案内しているモリンガパウダーは南インドのオーガニック農園で栽培されているものであり、安心していただけます。

 

mf

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★モリンガパウダーの摂取方法

モリンガパウダーは「飲用」として摂取するのが一番早く、確実に栄養素を吸収できます。

パウダー自体の味は大量に取らない限りそれほど強くはありませんが、多少の苦さと粉っぽさがあります。

サプリメント錠剤やカプセル、または料理への使用も一般的ですが、アーユルヴェーダのお薬を摂取する場合と同じように、一番確実に吸収するべき臓器内で消化吸収する為には粉の状態を水やお湯などに溶いて摂取するのが一番確実だという事です。

 

摂取方法例

モリンガの一日の適当な摂取量は2−3gとされています。

お湯か水に溶いて水筒などで持ち歩き、一日にその量を摂取する事も可能ですが、粉が沈殿しやすいので飲む度にホットならばスプーンで混ぜて、水ならば振って混ぜるようにしてその都度よく混ぜて飲んでください。

もし味が気になって飲みにくいと感じる場合はカフェインの無い日本茶やハーブティーなどに混ぜて飲んでも大丈夫です。

ちなみに私のお気に入りはほうじ茶に粉を混ぜて飲む方法。

全然味が気になりません。

 

その他料理にも色々とアレンジしてお使いいただけます。

レシピはたくさんありますので是非以下などからご覧ください。

 

モリンガパウダーの料理レシピ(クックパッドより)

 

スウィーツとの相性は抹茶感覚で良さそうですね^^

 

▲モリンガパウダーの効果実感

“茲譴砲くなった!!

△通じが必ず朝に来るようになった!!

Hの調子と目の輝きが良くなった!!

だ戸前や生理中の不調が改善した!!

シ谿気安定した!!

 

…などという声(私含め)頂いています^^

 

皆さんも是非お試しください!!

 

インド産オーガニックモリンガパウダーの購入や店舗でのお取り扱い等の希望についてのお問い合わせは以下より。

(卸販売などにも対応しています!)

 

E-mail / somaditya@hotmail.co.jp

 

私たちの商品の情報は以下よりご覧ください。

(SomAdi Veda)

※この商品の収益はインドの伝統文化を保存する文化教育支援活動に使われています。

皆様のご購入により、インドの文化を守り、子供たちへの教育を支援する活動にご参加頂けます。

 

支援活動の詳細についての詳しくは以下より

Him Vedic Project

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.04.11 Tuesday
Vedic Remedy Work Shop In INDIA

Vedic Remedy Work Shop In INDIA

北インドのガンジス河とヒマラヤの聖地リシケーシュにてインドの伝統文化保存教育支援活動を行っているSomAditya Seva Ashramにて、インドの伝統の知恵を駆使した生活療法の統合的実習等を特別にワークショップにて日本の体験者の受け入れを以下の期間で行います。

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▲開催期間日程(今後2回同じ内容での開催を決定しています)

第一回:2017年10月25日(水)〜11月3日(金)までの10日間

第二回:2018年3月15日(木)〜3月24日(土)までの10日間

※開始日前日までに開催会場のアシュラムへの到着をお願いします。

※最終日の翌日以降に開催会場からの退所でお願いします。

 

▲開催会場詳細

Him Vedic・SomAditya Seva Ashram

北インド、ウッタラカンド州リシケーシュ 

シャンプール カドリ カダグマフ

※会場までの交通についてはこちらのリンクからご覧ください。

(空港ピックアップタクシー・列車・バス予約等承ります)

 

★ワークショップの趣旨と内容のご案内★

このワークショップはインドの古典の聖典「ヴェーダ」から知ることの出来る様々な知恵を活用して生活、人生に取り組む事の出来る「体と心、魂の健康」を目指す為の「レメディ(療法)」をテーマにしたレクチャーや実習を行っていくものです。

少人数制で個々の問題などにも向き合いながらもって帰り、活用の出来る体験を皆様にして頂きたいと思います。

このワークショップは私たちのアシュラムがインドの伝統文化を守る為の活動の中で日々、インドの人たちに教育し、実習している事の集大成であり、普段はインドの人の為の活動を中心にしている私たちから特別にこの10日間、日本の方々にもその体験をし、インドに伝承される知恵の真髄を是非知って頂けたらという思いでおります。

※このワークショップは短期集中体験を目的にしています。あくまでも入り口であり、このワークショップにより「講師」や「資格」などを発行する様な事を目的としていません。

 

 

★主な実習内容★

・インド古典ヴェーダについてのレクチャー

・アーユルヴェーダ基礎的なレクチャーと日常での活用法実習

・ヴェーディックセラピー体験とセルフセラピー実習

・インド伝統ヨーグ哲学と理論と活用法実習

・アーユルヴェーダとヨーグの関連理論レクチャー等

・インド占星術的生活改善、開運レクチャーと実習

・インドのハーブ、スパイスハンターと活用実習

・アーユルヴェーディック古典的料理実習等

・インドの伝統式瞑想法の実習とレクチャー

・インド伝統の神話などから学ぶ哲学研修

 

…等を予定しています。

※毎日のスケジュールは現地にてガイダンス致します。

※基本、早朝5時から夕方7時くらいまでのスケジュールを予定しています。

 

▲ワークショップ参加パッケージ料金

58000ルピー(お一人/10日間パッケージ)

参加料金の詳細

・ワークショップ受講料金・実費、材料費含む

・研修中の内容での交通費、外食費

・研修中のセラピー体験費用・実費

・期間前日から終了翌日までの施設宿泊費とアシュラムで提供する食費全てを含みます。

 

※このワークショップは少人数制(定員5名まで)10日間と前後の予定日程が合う方のみ参加可能です。

 途中参加、途中退所はご遠慮願います。

 万が一の場合の返金や割引などには対応し兼ねますのでご了承ください。

完全予約制、予約手続き完了次第ご予約完了となり、先着順で締め切らせて頂きます。

※キャンセルポリシーなどはご予約時にご案内差し上げます。

 

▲参加資格や条件

,海離錙璽ショップはインドの伝統文化の教育支援を行っている寺院の施設「アシュラム」が主催するものですので、アシュラムのルールや規定、スケジュールなどに従って滞在をして頂ける方の参加をお願い致します。

(アシュラム滞在のルールなどについてはこちらからご覧ください)

 

△海離錙璽ショップ期間中はこちらの設定したスケジュールに従って過ごして頂きます。

個人的な用事、観光やショッピングなどはこの日程以外でご自身で設定される様にお願いします。

 

このワークショップを受けるのに問題の無い健康状態の方の参加をお願いします。

 

で齢制限は15歳以上、上限無しですが、必ずご家族の同意の元の参加をお願いします。

 

▲その他

このワークショップは体験型として最低の10日間で設定しておりますが、これを受講された方のみその後のアシュラムでのセラピー、カウンセリング、ヨーグ指導の研修生としての受け入れなどを検討して行きます。

同じく「ヴェーディックレメディー」と題した統合的なワークショップを日本でも2018年に開催を検討しています。

詳細、情報お待ちくださいませ。

 

その他この「ヴェーディックレメディー」の日本での活動メンバーによるテーマ別のワークショップ等を定期的に各地で行っていますので興味のある方は是非以下より予定などご確認されてご参加ください。

 

▲主催

HimVedic SomAditya Seva Ashram

北インド 南リシケーシュ

講話、指導はChandraMukta主体で行わせて頂きます。

 

▲ワークショップに関するお問い合わせ・参加お申し込みは以下までメールくださいませ。

 

somaditya@hotmail.co.jp (担当:ムクタ※日本語でどうぞ)

 

 

 

| インフォメーション | 23:15 | - | - | author - Mukta |
2017.03.24 Friday
Seva の精神修行

【Seva の精神修行】
アシュラム生活といのは基本「お世話」したり、されたりが行われる場所と言う意味を持つ。
日本語の「世話」の元となる「Seva」の本当の精神がここにある。

だけどそれは日本の「おもてなし」だとか「お客様扱い」だとかとは違う。

...

アシュラムは伝統的なものを守る目的の行事や人材の育成、それをもって治療する人や学ぶ人への協力。

でも治療する人も生徒もやはり「お客様」ではない。

 

ここにとどまる人は皆が基本「アシュラムへの世話」をする。

そういうと「やらされている」と言う感覚を持つ人がいるが、「やらせてもらっている」が正解だ。

 

その「Seva」の精神が無くてはアシュラムと言うものを理解するのも難しい。

近年は「アシュラム」=「ヨガ道場」だと思って「お客様」になりに来たい人が多い。

大きな間違いなのは「ヨガ道場」と言えば、人生においての大いなる「ヨーグの修行の場」である事は間違い無い。

が、「ヨガ」と「ヨーグ」の違いが分からなければ、「毎日ヨガクラスに参加出来る」と言う大きな勘違いになる。

外国人が来るから喜んで「ヨガクラス」を後からくっつけたアシュラムも観光地には実際多い。

そこに重きを持ち、外国人やお金持ちを呼ぶ事が先になり、その見せかけの為に地元生徒を置く…という、アシュラムにあるべき順とは逆になってしまっている所も実際多くある。

 

日本の人達に分かりやすく言うとしたら「地域の為のお寺さん」的な意味がアシュラムのあるべき姿。

 

だからアシュラムの「お世話」させてもらうと言う精神修行の場としてお寺の畑一つのお世話も、自分が口にしている野菜達へのお

 

世話と心得てその精神修行の為に執り行う。

 

それは自分が口にするから…と言う理由であってもいけない。

 

誰が口にしようと、誰かが頂く為の物には隔たりなく「Seva」をしよう。

 

お客様意識

所有欲

物欲

 

をアシュラムでは

静かに心の海の底に沈めてください。

 

ss
 

| サットサング コラム | 23:12 | - | - | author - Mukta |
2017.03.01 Wednesday
浄化の時間

【浄化の時間】
よく、セラピーなどをしている人が
「悪い気をもらう」という言い方をします。


それでセラピストやヨガや誰か他人を相手にして施術、指導などしている人は
その相手、お客さん、生徒さんの悪い気を受けてしまって心身が乱れる…
病気をもらった、ネガティブをもらった、体を壊した…というのを良く聞きます。

 

アーユルヴェーダでも、ヨガでも、理論的にはそれはありうる事です。


手での施術で自分のエネルギーは出され、
相手のエネルギーをもらう。

 

手はエネルギーの出入り口。

 

ヨガなどでも、ひとに言葉をかけていきます。


言葉も力、自分のエネルギーを与え、
悩みなどを聞くとそのエネルギーをもらう。

 

言葉もエネルギーの塊。

 

しかし、そうだったらセラピストやヨガの指導で失うものや、もらうものをきちんと自分でバランスする生活を大切にするのが、施術したり、教えたりするその人達の一番大切な仕事になるのではないか?

 

もらう、失うと言う言い方も、私は好きではなく、
そういう言い方をすると何か悪い、汚いものに関わっているという印象を受ける。


愛をもって接したい相手がどんなに病んでいても、
そういう目で見ていては本当の心のこもった施術や指導はできない。

 

大事なのは自分自身のバランスをしている事。

 

セラピーやヨガを人に施しながら、自分の生活が乱れていたり、
夜中まで仕事をしなければいけない環境を作ったり、
朝はダラダラとしたり、バタバタしたり、
バランスのない食事をしていては勿論誰でもエネルギーは失われる。

 

最近は24時間体勢でセラピーの仕事もあるらしいし、
ヨガもインドでは普通しない時間にばかり日本ではヨガが行われている。


ただでさえ過酷なのに、そういった乱す原因を作っている。

 

そして自分の時間をしっかりもたない。

 

そうなると勿論体も心も壊しかねない。

 

インド人は自分中心で無理がない。

 

それは程よくとても大切な事だと、見習わなくてはいけないなといつも思う。

 

自分が何かできるのは、自分がそれを出来る体力やお金や時間があるからで、
つまり余裕がある分だけ出来る事をする。

 

そんな根本的な考えをしっかりもったインド人は

例えばこういうエネルギーの交換をする仕事ならば
自分の新しいエネルギーを作る方が先決で
古いエネルギーを浄化するから新しいものも入ってくるという考え。

 

だから、自然に自分の時間を守って
自分の時間を作って
自分への取り組みを大切にしている。

 

無理をしないのにもきちんと理由があって、

そんな時間にヨガはしない。


そんな時間に働かない。

 

基本的な事がしっかりしているから
ありえない事を無理にしない。

 

私も人に接したり施す仕事をするからこそ、

朝座る時間。
朝見つめる時間。

そして

夜も座る時間。
夜見つめる時間。

それを大切にしている。

 

一見単なるインドの祈りの儀式や特別な手法に見えると、やっぱりもらう悪いエネルギーをお祓いしているのか?と思われるかもしれないけれど、

そういう気持ちではなく一番大切な
自分の時間を持つ事が何よりの浄化法。

 

持ってるものしか与えられない。

 

持っていないものを与えようとすると壊れる。

 

当たり前の事。

 

それはエネルギー、体力、知識…
何にたいしてもそう。

 

人に何かを与えよう、与えようと必死になるのではなく。

 

自分がしっかりもっていれば自然におすそ分けが出来る。

 

そんな単純な事。

 

そんな余裕や適度を持っていればいい。

 

 

それだけの事なんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
SomAdi Veda 
アーユルヴェーダクリニック

http://www.himvedic-somaditya.com/

プジャ
 

| SomAdi Ayurveda | 14:10 | - | - | author - Mukta |
2017.03.01 Wednesday
ヨガやアーユルヴェーダの基本の「き」

【ヨガやアーユルヴェーダの基本の「き」】


アーユルヴェーダやヨガの基本的に大切な実践すべき事。
それは特別なハーブを毎日取り続ける事なのか?
それとも難しいアサナに挑戦し続ける事なのか?

 

ヨガやアーユルヴェーダを実践したり、教えている人はその特別な手法や技法、日本ではなかなか出会えないインドの手法をすすめていたりする。

 

でも私がいつも疑問に思っているのは’、そんな特別な事の実践より前に大切な事が出来ていなくて、特別な事をしていて何の意味があるのだろうか?

 

というところ。

 

一番基本的に思っているのが早寝早起き。

日の出前には自然に目が覚めて、
夜の10時、遅くとも11時には寝る生活。

こんな基本な事が出来ていない人がとても多い。

 

仕事の為?

その仕事を選ぶのも自分。

 

帰宅してからの行動。

それも自分で何が一番大切か?を重視していればそれでいい。

 

私は普段はインターネットを使用するのも特別な仕事や連絡があったとしても夜の9じまで...と決めている。
どうしても必要があって10時をまわる事もごくたまにあるけれど、
頭の中では「もう10時、一刻も早く終わらせよう」という気持ちが基本にある。

 

そうやって過ごしているのに日本ではまだインターネットも仕事も続いている様子が伺える。

インドより3時間半先のはずなのに、バリバリに稼動している様子を見ると本当に一言いわせてもらいたくなる。

 

皆さん。早く寝てください^^

 

ヨガやアーユルヴェーダ関係の人に限って夜中まで起きている傾向...。


いったい何なのだろう???

 

基本的な「き」がなくて、どうやってヨガやアーユルヴェーダを使いこなそうとしているのだろう?

とても疑問に思う。

 

ヨガを教えてる人によく質問する。

 

「自分のヨガ実践の時間はいつも何時にもっていますか?」

すると多くの答えは
「毎日教えているのでじゅうぶんしています。それ以外でする事はないです。」

気がついて欲しい。


「教える」のと、「自分の時間」は全く別。

 

実際に私達は以前、アーユルヴェーダのドーシャをバランスするヨガの実験を生徒さん達と一緒に行った。

ヴァータを沈めるヨガのセッションをしてください。

をテーマに、習いたてのインストラクターが実施する。

テーマに沿ったすばらしいセッションが終わった後に脈を見てそのセッションを受けた人皆の脈がヴァータが落ち着いているのが分かり、ヨガの効果というのを皆実感する。

 

しかし。

 

教えていたインストラクターの人の脈は別だった。

間逆で始まりよりもヴァータが上がっている。

 

そう。


ヨガのアサナやプラナーヤマの実践は
スピーチをしながら行うものではない。

 

教える
となるとスピーチをしなくてはならない。

 

だからその時間はそのインストラクターにとって、
本来のヨガの実践とは切り離して考えなければならない時間。

 

喋りながらポーズを取ると息は乱れる。


アサナのポーズの一つ一つは呼吸を見ながら行うのに、
呼吸を見る隙間なく喋る事を要される。

 

それだけでなく、教えている相手が出来ているか、
ついてきているか、無理は無いか???
気にしながら行う。

 

通常、アサナの実践は他を気にするのでなく、自分に集中して行いたい。

時間を気にし、運びも気にして...

 

意識はどんどん外側へ向かっている。

 

通常アサナの実践は内側に意識を向けたい。

喋る、気にする、呼吸が乱れる。
の全てはヴァータを乱す。

 

だから結果としてインストラクターの脈は逆を表したのです。

 

だから大切なのはヨガを教える時間と、自分のヨガの実践の時間を
切り離して考えて自分の時間のヨガを大切にする事が
ヨガをしている、教えている人にはとても大切なのです。

 

ヨガを実施する時間も、インドと海外では大きく違います。


インドでは普通アサナの実施を行わない日中や夜の時間ほど
日本など海外では行われています。

 

それが夜に偏ればそれだけ、
ヨガをするせいで遅寝...。
夜更かし...。

 

全くこの必要性が分かりません。

基本的な生活が重視されないで


ヨガを何故するのでしょう?

ヨガがないと人生じゃない。

のではなくて、
人生が無くてはヨガも出来ないはずです。

人生は生活。

 

生活を乱して、生活をなくしてヨガに走る。

 

ヨガはそんなに悪いものでしょうか?

 

社会生活、結婚、家族、親子...。

それらをグラスティという言い方をします。

 

ヨガやヴェーダはそのグラスティを持つ事を最高の修行としています。

 

アシュラムにも色んな形がありますが、そのグラスティアシュラムといって、出家信者や聖者的な人を置くのではなく、グラスティ、つまり家族や社会を推奨してガイダンスするアシュラムが最高峰の形と言われています。

 

家庭、夫婦生活、結婚、子育て、親子関係...

 

それらをヨガで逆に無くしてしまっている人もいます。

 

しかしヨガの導きやヴェーダの導きは逆です。
その社会的人生に向き合えるようにガイダンスしているのです。

 

そして食生活。

アーユルヴェーダやヨガの基本の「き」だとは皆思ってはいるでしょうが、
酵素玄米がいいだとか、マクロビがいいだとか。

情報が多すぎて皆迷います。

 

しかし、アーユルヴェーダでもよく誤解があるのが、食品によって良いか悪いか?というガイダンス、食品表みたいのを元に食をコントロールしようとしている人が多いです。

 

しかし、最低限の悪いものは摂取したくないですが、その前にインドから見ていて一番伴っていないな...と思うのが、冷蔵庫、冷凍庫の使用頻度が高い事。

 

それ自体で全て意味をなくします。

どんなにオーガニックで減塩、天然糖使用、添加物なし...でも
それを冷蔵、冷凍保存しなくてはならない生活...

 

冷凍で保存しています。

 

という時点で普通一般のインド人でも
「それは悪いものだから食べない」
という意識があります。

 

日本に行くと冷蔵庫が大きくて、その中がいっぱいいっぱいなのがとても目立ちます。

インド人は率直にこうコメントします。

 

「日本人は腐ったものばかり食べている。」
「だから冷えているんだ...」

 

時間短縮で電子レンジを使う料理なんかも流行っていると聞きます。

インドでは電子レンジ=ジャンクの意識が高いです。

冷蔵庫が大きい事や、電子レンジが家にある事。

それ自体はインド人にとって「良くない」事です。

 

日本の生活では当たり前になっているかもしれませんが、
世界から見ると不思議、不自然、不健康な代表です。

 

日本だって一昔前まではそうではなかったはず。

中にいると分からないかもしれませんが、
一歩外に出ると日本の常識は世界の非常識である事も多い事を知るでしょう。

 

特にヨガやアーユルヴェーダ...とうたうのであれば

最低この基本の「き」


という事を実践してこその智慧の役立ちだと思います。

 

日本の生活ではそれが出来ない。

仕事のせいでそれが出来ない。

生活の時間に余裕がない...。

それを理由にいつまで続けますか?


基本の「き」は自分次第です。

仕事を選ぶのも、
生活を選ぶのも、
自分次第です。

 

それでも時間短縮で、遅くまで起きていて、
必要なのない時間のヨガが大切で
保存してエネルギーの無いものを摂取する生活が大切ならば、
それ以降のヨガやアーユルヴェーダの効果を期待する事は出来ません。

 

基本の「き」を実践する事。


ドーシャがどうだとか、チャクラがどうだとか、
知らなくても出来る一番大切な事です。

 

知っているのに出来ていない。

それこそ問題です。

「自分」に向き合う人生を
アーユルヴェーダやヨガはガイダンスしています。

 

それは特別な事を皆が勉強してやりなさいという事ではない。

基本の「き」がまず出来ていれば、その後ガイダンス出来るものなのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
インド伝統文化伝承アシュラム
Him Vedic sansthan
SomAditya Seva Ashram Rishikesh & Himachal.

http://www.himvedic-somaditya.com/

s
 

| サットサング コラム | 14:05 | - | - | author - Mukta |
2017.03.01 Wednesday
使いこなせる人達への循環寄付

【使いこなせる人達への循環寄付】


物欲に囚われた世の中は実に無駄が多い。
インドに過ごしていると日本に限らず他の国の生活を垣間見ると、いかに物に溢れて「困っている」かが伺える。
物を得る事で満足して使いこなせていない状態はストレスを生む。
溜まってゆく「物」に囲まれて幸せではなく、不安が募る。
そして「断捨離」と言う言葉で美化して「物」を粗末に扱い、浄化された気持ちでいるが、また「買って」から「断捨離」している様ならもう病気でしかない。
「物」は必要だ。
しかし、必要な人に必要分だけ、必要な時間いっぱいにあればいい。
断捨離する位なら寄付すればいい。
本当に必要としている人は世界に沢山いる。
これでもかと言うくらい着潰した服も、暖を取れる限り着られる。
自分が着ないなら着る人に回せばいい。
ヒマーチャルの村で子供達がサンダルが半分にすり減っていても履いていたり、着ない服を日用にリサイクルしたりして最後まで貴重に、大切に使われている生活に「嫁いで」思った。
「物」の大切さ。
色選びせずに、使える物はなんでも、どうにでも使いこなせる村の人達には、物欲による「ストレス」が無い。
有るものは必要に従って使うだけ。
だから私は、自分が使いこなしていない物があったら、それを使ってくれる人達に「回せば」いいと思う。
捨ててしまうくらいなら使える人達に敬意を持って渡せばいい。
そう思って村の人達に物資を「回す」為に寄付を募っている。
しかし、「寄付」と言いたくないのは「可哀想だからあげる」…と思ってわざわざ「購入」する人もいるからだ。
自分が買いすぎた無駄なものがあれば、使いこなせる人達に、使ってくれる敬意を持って循環する。
と言う精神を持って寄付して下さい。
断捨離するより気持ち的に「役立つ」事で癒されるし、単にすてていたらまた「買ってしまう」癖は終わらないけど、「要らなくなってから」使いこなせる人達に寄付をと言う精神があれば「買うとき」にも本当に必要があるのかどうか?
一瞬でも思い留まれるだろう。
断捨離を繰り返すなら、買う事にもっと意識を置けばいい。
物欲にまみれている状態は「心が満たされていない状態」をかきまわす一つの病気だ。
必要なものを必要な分だけ必要な時だけ手にしている。
と言う意識で周りと物を上手に共有する様にと言う意味で私達はヒマラヤ地域の「使いこなせる」人達とアシュラムの活動の為に寄付を募っている。
だからもし私達の寄付に参加される人は以下をお願いします。


▲わざわざ購入して寄付せず、身の回りの無駄になっているもの、余っている物を寄付して下さい。
 

▲可哀想と言う思いではなく、使いこなせる人達へと言うくらい敬意を持っての寄付をお願いします。
 

▲使いこなせる人達への寄付をする事で自分自身の無駄を反省して下さい。

 

その為の「支援物資」の受け入れ。

 

詳細は以下まで↓

http://somaditya.jugem.jp/?eid=184

 

お問い合わせは以下まで。

somaditya@hotmail.co.jp

 

hs
 

| Him Vedic Project | 13:25 | - | - | author - Mukta |
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